インタビュー Vol.35

秋葉原のド真ん中で作られる“メイド・イン・アキバ”のBTOに会いに行く

2018.09.30 更新

文:エルミタージュ秋葉原編集部 絵踏 一

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秋葉原といえば読者諸兄には説明がいらない自作PCの牙城だが、パーツショップ各店ではBTOの取り扱いもあり、BTO専業メーカー・ブランドのリアル店舗も複数存在している。ただしそれらはあくまでBTO販売の窓口であり、製造の拠点は地方や郊外に構えている場合がほとんどだ。ところが株式会社セブンアールジャパン(本社:東京都千代田区)が運営する「パソコンショップSEVEN」は、通販専門のBTO専業メーカーながら、この秋葉原で製造から出荷までを一貫して行っている。今回機会を得て、知られざる“メイド・イン・アキバ”のBTOが生まれる現場に潜入することになった。
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駅前の一等地にBTO製造の拠点があった

「パソコンショップSEVEN」は、2004年に設立(現社名への変更は2006年)された、株式会社セブンアールジャパンが運営するBTOショップだ。実店舗をもたない通販専門のメーカーで、創業から数えて14年という長い実績をもつ。ここ10年ほどでBTOブランドもだいぶ数を減らしている中で、老舗と呼ぶに値するメーカーといえる。

その所在地は、東京都千代田区神田平河町1番地の第三東ビル。JR秋葉原駅の昭和通り口から通りを渡ってすぐ、思いがけずアキバのド真ん中といえる立地にBTOメーカーが存在することに驚かされる。しかも単なるオフィスではなく、同社はこの場所でBTOの製造から出荷までの全行程を行っているのだ。

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JR秋葉原駅の昭和通り口を渡れば、すぐに株式会社セブンアールジャパンが入る第三東ビルが見つかる。まさかこんな近くにBTOメーカーの本拠があったとは

今回のインタビューでは、セブンアールジャパン代表取締役の西川 龍氏に直撃。同社の成り立ちから、手がけるBTOの特色や魅力、気になる製造現場のアレコレに至るまで、熱く語っていただいた。

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通販専門のBTOメーカーとして、創業14年の実績を持つ株式会社セブンアールジャパンの直販サイト「パソコンショップSEVEN」

趣味は自作PC。オークションでの“商売”を経てBTOメーカーを立ち上げる

  • 編集部
    本当に秋葉原のド真ん中にある、という印象ですね。BTOメーカーの製造拠点はほとんどが郊外に立地していますから、この場所での営業は珍しいと思います。その割に、直販サイトの「パソコンショップSEVEN」からは、ほとんど“アキバ色”が感じられないのは意外でした。
  • 西川氏
    実は設立からだいぶ長く中野に拠点を置いていて、秋葉原に移ってきたのは2015年なんです。いわゆる“アキバ発”をまったく意識していないわけではないですが、3年ほどでそう名乗るのも、ちょっと気恥ずかしいですね。もう少し腰を落ち着けてから、追々考えていこうと思っています。
7RJ_BTO_1024x768e 株式会社セブンアールジャパン代表取締役の西川 龍氏。出身は“うどん県”こと香川県で、幼少期からガンプラやミニ四駆、高専時代はロボット制作と、一貫して機械やモノいじりに触れてきた。趣味の自作PCにハマり、最終的にはBTOメーカーを立ち上げるに至る
  • 編集部
    秋葉原に拠点を構えたのは、比較的最近だったわけですね。それではどういった事情で秋葉原に移られたのでしょうか。
  • 西川氏
    中野時代に入っていた建物の契約が終了することになりまして、それがそもそもの移転のきっかけでしたね。長く働いてくれているベテランスタッフが通勤しやすいように、交通の便の良い物件を探していました。それでちょうどよく見つかった物件が、たまたま秋葉原だったんです。
  • 編集部
    ちなみに西川社長は、この会社を立ち上げる前はシステムエンジニアをされていたと聞いています。やや異色な経歴にも思えるのですが、BTOメーカーを立ち上げるに至る経緯を教えていただけますか。
  • 西川氏
    サラリーマン時代は大企業に納入するブレードサーバーなどを社内で手がけていまして、設定だけでなく組み込みも自分でやっていました。メーカーから部品がバラで送られてきて、それをイチから組み立てるわけです。そんなことをやっているうちに、だんだんPCを作ることに興味が湧いてきたんですよね。でも当時は若いのに都内で無理やり車を持っていたこともあって、お金がなかった。それで節約も兼ねて、PCの自作にハマっていったんです。
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10階の会議室から窓の外を眺めれば、はるかスカイツリーを望むロケーション。駅からすぐということもあり、眼下には総武線が走っている
  • 編集部
    自作PCを趣味にする人には、クルマ好きも多いですよね。機械をいじる、動かすという部分が通じるのでしょうか。いきなり脱線で恐縮ですが、どんな車に乗っていたんでしょうか。
  • 西川氏
    マツダの「RX-7」が大好きで、だいぶ手を入れて可愛がりつつ、夜は首都高をぐるぐる乗り回していました。もちろん制限速度を守ってですが(笑)。ちなみに「RX-7」は、社名(セブンアール)の由来になっていたりもします。
  • 編集部
    趣味が今の仕事のルーツになっているというわけですね。社名の由来にまで影響しているのには驚きましたが(笑)。自作PCが趣味ということで、当時は秋葉原にもよく遊びに来ていたのでしょうか。
  • 西川氏
    もちろんです。秋葉原には毎週通いつめて、パーツを買い漁ってはマシンを組む毎日でした。当時の部屋は6畳一間に自作PCが10台以上ズラッと並んでいたような状況で、今考えるとちょっと異様な光景でしたね。そのPCの上に、車のマフラーとかが積んであったりするわけです。
  • 編集部
    とてつもなくヘビーな自作ユーザーだったわけですね。ただしBTOメーカーを立ち上げるまでに至るわけですから、単に趣味が高じた以上のきっかけがあったのではないでしょうか。
  • 西川氏
    新しいマシンを組むには元手が必要ですよね。そこで古いPCをオークションで売って足しにしようと考えたんですが・・・いざ売ってみると、揃えた金額より売る方が高いぞ、ということに気がついたんです。それからはせっせとマシンを組んではオークションに流す、ということを繰り返すことに。週末の秋葉原を、両手で20枚くらいのマザーボードを抱えて歩いていたりしました(笑)。
7RJ_BTO_1024x768g 新しいパーツを買う元手にするつもりが、意外なほど高く売れるPCに商機を見出してしまった。当時は外神田4丁目に所在していたパソコンショップアークが行きつけで、近くのフェイスにもよく立ち寄りつつ両手にマザーを抱えてアキバを練り歩いていた
  • 編集部
    そこまでくると、もう個人の趣味の領域は完全に超えていますね。まさかオークションでの“商売”がスタートラインになっているとは思いませんでしたが、その流れがBTOメーカーの立ち上げに繋がるわけですか。
  • 西川氏
    週末に買い出しに出て、帰って組み上げて売る・・・という流れで、だいたい毎週数十台は作っていたでしょうか。ある程度の時期からサラリーマンとしての稼ぎよりそれ以外の方が大きくなってしまいましたので、独立して法人を立ち上げることになります。アルバイトを募集して組み立ては任せつつ、販売のシステムは自分で作りました。このあたりは、SEだった経験が役に立ちましたね。
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